鉄棒を怖がっていた子が、あなたの「大丈夫、先生がここにいるよ」という声に後押しされ、初めてくるりと前回りできた瞬間。
お友達の輪に入れず、いつも遠くから見ているだけだった子が、勇気を出して「かして」と声をかけ、仲間に入れてもらえた瞬間。
昨日までぐちゃぐちゃの線しか描けなかった子が、何度も何度も練習して、一生懸命に描いた円を「みて!」と見せてくれた、あの誇らしげな顔。
保育士として働く中で、子どもの「できた!」という瞬間に立ち会うときの、胸が熱くなるような喜びは、何度味わっても色褪せない特別なものではないでしょうか。
その小さな、しかし確かな一歩が、あなたの日々の原動力になっていることでしょう。
もし、あなたがその「できた!」の瞬間を、もっと意図的に、もっと専門的に、そして発達に課題を抱える子どもたちのために創り出す仕事があるとしたら、興味はありませんか?
それが、**「運動療育」**という仕事です。
「療育」と聞くと、とても専門的で、自分とは縁遠い世界だと感じるかもしれません。しかし、実はその現場で何よりも求められているのは、あなたが保育士として日々培ってきた経験や、子どもたち一人ひとりに向き合うその温かい眼差しなのです。
この記事では、あなたの保育士経験が、発達に課題のある子の「できた!」という最高の瞬間に変わり、その子の未来を照らす力になる、「運動療育」という仕事の魅力とその具体的な内容について、詳しくお伝えしていきます。
目次
あなたの「保育士経験」こそが、最高の宝物になる理由
「私には療育の知識なんてないし、専門外だから…」 新しい世界に一歩踏み出すとき、そう不安に思うのは当然です。ですが、どうか安心してください。運動療育の現場では、あなたがこれまでの保育経験で無意識に身につけてきたスキルこそが、最高の宝物であり、何より強力な武器になるのです。
子どもの「好き」を見つける天才だから
子どもを活動に誘うとき、一番の原動力になるのは、その子の「好き」「楽しい」という内側から湧き出るエネルギーです。あなたは、クラスの子どもたち一人ひとりの、好きな遊び、好きなキャラクター、心を動かす言葉を熟知しているはずです。
例えば、集団活動にどうしても参加できない子に対し、「みんなと一緒だからやろう」と促すのではなく、「あ、〇〇くんの大好きな恐竜が、あっちのマットの山で待ってるみたいだよ」と、その子の「好き」の世界観に寄り添って誘う。子どもの心を動かすツボを知り尽くしたアプローチこそ、療育の現場で最も重要視される技術の一つなのです。
小さな成長のサインを見逃さない「眼差し」があるから
発達支援において大切なのは、大人が決めたゴールを押し付けることではありません。子どもが発する、本当に小さな「やってみたい」という気持ちの芽生えや、昨日とはほんの少し違う体の使い方、友達への視線の動き、表情の変化に気づくことです。
集団の中で、常にアンテナを張り巡らせ、一人ひとりの子どもの様子を注意深く見守ってきたあなたの繊細な「眼差し」は、その子の成長の可能性を見つけ出すための、何より鋭いセンサーとなります。「今、この子は挑戦したがっている」「このアプローチは、少し難しすぎたかもしれない」と感じ取るその力は、まさに専門的なアセスメント能力そのものです。
安心できる関係を築くプロだから
子どもたちが新しいことに挑戦するためには、大前提として「ここは安心できる場所だ」「この大人は自分の味方だ」と感じられることが必要です。子どもは、心から信頼できる大人がいる「安全基地」があって初めて、勇気を出して未知の世界へ冒険に出ることができます。
あなたは、泣いている子をあやし、不安な子に寄り添い、一人ひとりと時間をかけて信頼関係を築くプロフェッショナルです。その温かい関わりが、子どもたちが「失敗しても大丈夫」と感じ、自信を持って一歩を踏み出すための心の土台を創り上げます。
「運動療育」とは?―遊びが、脳と心を育てる仕事
では、具体的に「運動療育」とは何をするのでしょうか。
それは、単なる「体育の授業」や「運動遊び」とは一線を画す、科学的な根拠に基づいた、子どもの成長を根本から支えるアプローチです。
ただの運動じゃない。「脳の発達」を促すアプローチ
人間の脳は、様々な体の動きや感覚の刺激によって発達していきます。特に、体のバランスをとったり、姿勢を保ったり、力の加減を調整したりといった運動は、脳の「感覚統合」という機能を育む上で非常に重要です。
発達に課題のある子の中には、この感覚統合がうまくいかず、「自分の体を思い通りに動かせない」「じっとしているのが苦手で、すぐに姿勢が崩れてしまう」「人や物にぶつかりやすい」といった困難さを抱えている場合があります。
運動療育は、トランポリンやボール遊びといった楽しい活動を通して、脳に必要な感覚刺激を適切に入れ、脳が自ら育っていくのを手助けするアプローチなのです。体を動かすことは、脳にとって最高の栄養素。私たちは、その栄養を、子どもたちが最も受け取りやすい「楽しい遊び」という形で、一人ひとりに合わせてオーダーメイドで提供します。
具体的な活動例
私たちの活動例を、その「ねらい」と共に少しご紹介します。
トランポリン
ただ楽しくジャンプしているように見えますが、その裏には多くのねらいがあります。リズミカルな上下運動は、脳の覚醒レベルを適切に保ち、集中力を高める前庭覚(揺れや傾きを感じる感覚)を刺激します。また、空中で姿勢を制御しようとすることで、子どもたちは無意識のうちに体幹やバランス感覚を養います。「カエルさんのように高く跳んでみよう!」そんな声かけ一つで、子どもたちは遊びに夢中になりながら、脳と体に良い刺激を取り込んでいきます。
ボール遊び
指導員とボールを転がし合う。この単純な遊びにも、相手の動きを見て、タイミングを合わせてボールを押し出すという**「目と手の協応(協応動作)」**が含まれています。また、お友達と順番に投げる、ボールを譲り合うといった経験は、ルールを理解し、相手の存在を意識するという社会性を学ぶ絶好の機会です。私たちは、その子の発達段階に合わせてボールの大きさや重さを変え、「できた!」という成功体験をデザインします。
サーキット遊び
マットの山を越え(粗大運動)、トンネルをくぐり(ボディイメージの形成)、平均台を渡る(バランス感覚)。このように複数の遊具を組み合わせたコースの中で、子どもたちは**「次はこれをやる」という見通しを持つ力や、体の様々な部分を協調させて使う力を養います。そして何より、全てのコースをクリアした時の「全部できた!」という大きな達成感**は、何物にも代えがたい成功体験となります。
「できた!」の積み重ねが自信を育む
運動療育の最終的なゴールは、逆上がりができるようになったり、速く走れるようになったり、といった運動能力の向上だけではありません。
最大の目的は、一人ひとりに合わせた「ちょうど良い挑戦」を通して成功体験を積み重ね、子どもたちの「自己肯定感」、つまり「自分はできるんだ!」「やればできるんだ!」という自信を育むことです。
保育園の集団生活の中では、運動が苦手なことで、どうしても自信をなくしてしまう子がいます。しかし、運動療育の場では、その子の発達段階に合わせた課題設定により、誰もが「できた!」の主人公になれます。この「できた!」の積み重ねが、「どうせ僕には無理だ」という諦めの気持ちを、「僕もやればできるんだ!」という挑戦する心に変えていきます。この自信こそが、子どもたちがこれから先の人生を生きていく上で、最も大切な心の土台となるのです。
保育園との違いと運動療育のやりがい
保育園でのやりがいとはまた違う、運動療育ならではの喜びがあります。
一人ひとりの成長を深く、長く見届けられる
個別、または少人数での関わりが中心のため、その子の課題や成長の過程を、非常に深く、継続的に見届けることができます。「先月はできなかったのに、こんなことができるようになった」「この関わり方が、この子の成長のきっかけになったんだ」という発見が、日々の業務の中で手に取るように分かり、その一つひとつが自分の喜びとして感じられます。
保護者と「二人三脚のパートナー」になれる
子どもの成長という共通のゴールに向かって、保護者の方と密に連携し、まさに「二人三脚」で支援を進めていきます。「家でこんなことができるようになりました!」と報告を受けた時の喜びは格別です。時には、子育ての悩みを相談される、専門知識を持った頼れるパートナーとして、家族全体を支えるやりがいも感じられます。
まとめ
保育士として、あなたが子どもたちの小さな「できた!」に心を震わせたあの瞬間。その純粋な喜びを、もっと深く、もっと確かに、そしてあなた自身の手で意図的に創り出すことができる場所が「運動療育」の世界です。
あなたが培ってきた、子どもを見つめる温かい眼差し、信頼関係を築く力、そして成長を信じる心。それら全てが、発達に課題を抱える子どもたちの未来を切り拓く、かけがえのない力に変わります。
これは、単に子どもを「預かる」仕事ではありません。子どもの脳と心を「育み」、その子の人生の土台となる「自信」をプレゼントできる、専門性と大きなやりがいに満ちた仕事です。
あなたが愛した、あの「できた!」の瞬間の喜び。 今度はあなたが、それを「創り出す側」になってみませんか。あなたの挑戦を、私たちは心から応援しています。
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